私の秋田市!おすすめスポット紹介

川反

現在「川反」と書かれる「かわばた」という地名は、川のほとりという意味で、藩制時代までは「川端」と書かれていました。
しだいに街づくりが進むにつれ、「川端」は町人の街(外町)となり、武士は川の東側に移り住むようになりました。
川の西岸沿いにある「川端」は、武士から見て川の反対側に位置することから、「川反」の字が当てられるようになったといわれています。
町人の街・川反が生まれ変わる転機となったのは、明治19年(1886)の“俵屋火事”と呼ばれる大火です。
この火事で焼失した芸者屋、料理店が川反4丁目に次々と移転を始めたのが歓楽街・川反の始まりと言われています。
華やかな歴史のなかで、戦前には川反芸者が200人近くおり、料亭のにぎわいを支えていたと言われています。
現在でも老舗料亭を始めとする、新旧様々な飲食店が軒を並べており、昭和レトロな雰囲気が漂う小路散策も楽しめます。

また川反通りには「那波家の水汲み場」があります。
江戸時代から明治にかけて、外町の雑用水のほとんどが旭川の川水を利用しており、「カド」と呼ばれる共用の水汲み場が何ヵ所もありましたが、現在まで残っているのはこの場所のみとなりました。
船の荷物の積み降ろしにも使用された水汲み場には、現在も川に降りる階段が残り、当時の生活を垣間見ることができます。

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